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---東やまと20景より抜粋---

【都立東大和南公園】
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昭和61年(1986年)、市南東部にある大和基地跡地を利用して造られました。
野球場、8面のテニスコートがあるほか、近くには市民体育館、市民プール、桜が丘市民広場などがあり、スポーツが楽しめます。
約6haの広さをもつ公園内には、水に親しめる流れや、150種類もの花樹類などがあり、また、東側にはタイル貼りの整備された歩道が通り、明るくくつろげる雰囲気をつくり出しています。
 

【三光院】
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創建年代は不詳ですが、開山した住職が延文2(1357)年に亡くなったという記録があります。大正12(1923)年に現在地へ移転するまでは、下貯水池の取水塔付近にありました。
市内では徳川氏から土地を与えられた唯一の寺院で、寺領3石と境内1万坪を持っていました。15通の朱印状(内3通は氷川神社宛)が市重宝となっています。
新青梅街道に面した寺院ですが、境内は静かで、手入れのゆきとどいた庭園になっています。
 

【多摩湖(下貯水池)】
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新東京百景のひとつです。正式には村山貯水池といい、多摩川の水を貯水する人造湖です。
東京の水がめとして大正5(1916)年から昭和2(1927)年まで、10年以上の年月をかけて造られました。面積は市域の約4分の1を占めます。
桜の名所としても知られ、周囲に約4万本の桜の木があります。
緑の豊かな狭山丘陵に囲まれているため、新緑、紅葉、雪景色など、四季を通じて楽しめる場所です。
 

【多摩湖橋と上貯水池】
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多摩湖橋は、上えん提の北にかかる、サイクリングロードのための橋です。ここからは多摩湖を一望できます。
多摩湖が造られたとき、そこにあった7つの集落から、161戸の家々と、3つの寺院、3つの神社が移転を余儀なくされました。
その寺院のひとつ、慶性院は芋窪に移転しましたが、山門(慶生門)だけが多摩湖のほとりに保存され、当時を偲ぶよすがとなっています。
 

【豊鹿島神社】
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慶雲4(707)年の創建と伝えられ、市内で最も古い神社とされています。江戸時代には13石の社領を持っていました。
本殿は天文19(1550)年に建てられ、一間社流造、こけら葺、軸部丸柱という、関東地方でも現存が珍しい、中世の神社建築様式のもので、東京都指定文化財になっています。また、木製の狛犬と獅子頭が市重宝に指定されています。
狭山緑地の西側にあり、古いたたずまいを残しています。
 

【都立東大和公園】
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狭山丘陵の東側の一角を占め、東京で最初の丘陵地公園として昭和54(1979)年に開園されました。
起伏に富み、コナラ、アカマツを主体とする雑木林で覆われ、約20haもの広さがあります。東側と南側に保存指定された樹林があります。
住宅地のすぐそばにあるのに、深山へ踏み入ったような印象があり、静かな安らぎを与えてくれる場所です。
 

【円乗院】
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東大和公園の東側に隣接しています。
この寺院は、過去の不慮の災禍で古記録が消失したため、創建当時の事情は定かではありません。ただ、この寺院にある歴代塔には、賢誉法印(平治元1159年寂)を始祖という記録があります。
徳治2(1307)年の年号のある市内最古の板碑は、市郷土資料になっています。
また、鐘楼門(梵鐘を懸けた山門)は、寛延2(1749)年に建てられたものです。
山門と美しい庭園がやすらぎを与えてくれる静かな寺院です。
 

【市立狭山緑地】
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狭山丘陵の一角を占める緑地で、土地所有者から土地を借用する方式で開園しました。
緑地内には、狭山丘陵の自然を生かした木道や園路が、約1,500mにわたり整備され、散策できるようになっています。
また、フィールドアスレチックもあり、休日には家族連れなどでにぎわっています。
市では、少しずつ公有地化するよう事業を進めています。
 

【八幡神社】
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神社明細帳には、創立年暦不詳、太古より鎮守と公称し、天正3(1575)年に再興、とあります。
狭山緑地東側の入口の、森林の中にあり、昔ながらの面影を残しています。神社入口の階段わきにあった樹齢270年の杉の大木の根が、本殿の横に置かれています。
近くに市史跡の八幡谷戸遺跡があり、その出土品は市重宝に指定されています
 

【戸長役場跡と高木神社】
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明治17(1884)年に高木村外五ヶ村連合村会(東大和市の前身)ができたとき、連合戸長役場が置かれました。
今は、書類入れだった土蔵だけが当時の面影をとどめています。
高木神社ではかって、獅子舞が行なわれていました。使用していた獅子頭は、江戸後期のものとされています。
境内には安産を祈願する塩釜神社もあります。
 

【一小のいちょう】
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校庭のまん中に1本、どっしり立ったいちょうの木。
第一小学校は、大正12(1923)年に創立しました。いちょうの木はその翌年校庭に植えられたもので、当時は6本ありました。昭和27(1952)年に伐採されたとき、1本だけ残されることになりました。
日よけの役目を果たしたり、葉の色の移りかわりが目を楽しませてくれたり、たくさんの児童たちと共に育ってきた木です。
 

【野火止用水】
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市の南端を流れる用水です。川越城主の松平伊豆守信綱により、承応4(1655)年に玉川上水から分水して作られました。
昭和48(1973)年に流れが途絶えてしまいましたが、昭和59(1984)年に清流が復活され、東京都歴史環境保全地域に指定されました。
野火止緑地の木々の緑と、流れとがあいまって、静かなくつろぎの場となっています。
 

【上仲原公園】
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東部土地区画整理事業で整備され、昭和59(1984)年に開園した、約4haの広さをもつ市立公園です。
公園内にはけやき(市の木)の大木が象徴的に植えられています。また、テニスコートや野球場といった運動施設も整備されています。
野火止緑地、水道緑地、仲原緑地などが近くにあり、市民のいこいの場となっています。